SSブログ

9月12日:「輸血等および特定生物由来製剤同意書」の変遷について [病院]

2000年代前半に狂牛病のニュースが、日本のみならず世界中で話題になった。
いわゆるBSE(Bovine Spongiform Encephalopathy、牛海綿状脳症)問題である。

狂牛病やクロイツフェルト・ヤコブ病の病原体としてプリオンが一般に知られたのは、
この出来事がきっかけだろう。

当時、伊勢原協同病院で使用されていた血液製剤使用時の説明&同意書を示す。
     ↓       ↓       ↓
旧同意書836.jpg

この同意書の「輸血の問題点と危険性」の「感染症」の部分は以下のようであった。

旧同意書感染症70.jpg
「極めて稀ですが、肝炎ウイルス、エイズウイルス、成人T細胞性白血病ウイルス除外のための検査を行っているにもかかわらず、感染の可能性が全くないわけではありません。」

つまり・・・

肉を食べることによるプリオンの伝播が騒がれていた時に、伊勢原協同病院では血液製剤静脈内投与によるプリオンの伝播の可能性を同意書に記載していなかったのだ。

血液製剤によるプリオン伝播の可能性の問題は、いつごろから生じたのだろうか?
血液製剤同意書改訂のキッカケとなった、ある事例について述べたい。

2012年中頃、胃癌に対する胃全摘が行われ術後10日目に十二指腸断端の縫合不全、18日目に食道空腸吻合の縫合不全が明らかになった患者さんがおられた。(やや専門的になるが、術後53日目のドレーン造影では胆道も造影されている)この患者さんには、術後16~20日目にフィブロガミン(血液第XIII因子製剤、創傷治癒を促進するとされている)が投与された。
フィブロガミンが投与された240.jpg

カンファレンスで主治医はフィブロガミンを投与していることをプレゼンしなかったため、私はフィブロガミンが投与されていることを確認したうえで、この時期に投与した理由(←炎症所見が治まりきっていない早期には使用しないのが通例)と、プリオン伝播の可能性を説明してあるか?と尋ねた。

なぜならば、フィブロガミンの能書には以下のように記載されているからである。

フィブロガミン能書-急性期269.jpg

フィブロガミン能書195.jpg

主治医は投与理由を説明できなかったが、これらの質問は学術的に返答できない主治医には「カチン!」と来る質問だ。しかし臨床にとっての重要性は高く、外科チームとして認識すべき問題である。私はカンファレンスではこのような論法を多用した。

残念なのは、患者さまにも最後までプリオンのことを説明しなかったことだ。
当時の外科部長が「説明しなくてよい」と発言したからだ。

(ちなみに、私が外科医長(いわゆる「序列」でいうと5、6番目)から外科副部長(序列2番)になったのは2012年4月である。それまで外科部長の方針を尊重する立場を堅持してきた私は、この時点から指導的発言をより強化し始めた。副部長として責任があるからである。当時の外科臨床に問題がなければそのような必要はなかったのだが、当時の外科臨床レベルはしばしば賛成できないもので、要指導と判断したのである。ここに、日本外科学会および日本消化器外科学会指導医で関連施設指導責任者の私と、どちらの資格も持たず施設責任者でもないが院内の制度では部長である外科部長(現乳腺外科)との齟齬が目立つようになった。このことは、今後の記事に関連することであるので述べておく。)

私は製薬会社に電話をかけ、この記載が2003年3月からのものだと知った。
そして2003年5月には血液製剤に関わる以下の会社の連名で、プリオン伝播についての「ご案内」を通知してあることを教えられた。しかも終わりの方には、なんとアメリカでは1999年8月にFDAがプリオン伝播のリスクを記載するようガイドラインを公表したとあった。

血液製剤についての声明145.jpg

FDAガイドライン99.jpg

どっひぇ~! そっ、そうだったのか[猫]

2003年といえば私は外科部長でこれらの会社のMRさんともよく会話をしたが、そんな話は聞いたことがなかった。今だったら、「それさ~、早く言ってよ~」というところか。

薬局長に聞いてみても、はっきりとした記憶はないという。わかったのは、伊勢原協同病院の同意書が作成されたのは2003年以降のことで、当時は製薬会社も含め各方面に確認をとったはずだということだ。

神経内科の同級生に聞いてみると、クロイツフェルト・ヤコブ病の診断はきわめて困難で実際に問題になることはなさそうだが、この同意書はマズいね[犬]とのことだった。

私の心をよぎったのは、「集団訴訟になりかねない事案ではないか?」ということだった。「プリオン伝播の可能性を知らされていれば輸血は受けなかった」と言われたら反論は無理だ。

それはともかく、一刻も早く患者さまに正しい情報を伝えなければならなかった。
私はただちに薬局、検査科の輸血担当の人に連絡し、輸血委員会を早急に開いてもらうことにした。

こうして出来上がったのが、現在の同意書である。
     ↓       ↓       ↓
新同意書838.jpg

改訂された同意書には、以下のように記載されている。
ただし、文面は輸血委員会によるものであろう。

新同意書感染症84.jpg
「極めて稀ですが、肝炎ウイルス、エイズウイルス、成人T細胞性白血病ウイルス除外のための検査を行っているにもかかわらず、感染の可能性が全くないわけではありません。また、現在の技術では除去できないパルボウイルスやクロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)などの感染症の危険性も否定できません。」